ひとひら

2014年04月

 4月も最後となりました。もうすでにゴールデンウィークに入っている方もいるようですが、僕は、仕事です。この仕事も、来月いっぱいです。7年もこの仕事をするとは思ってもみなかったで、感慨深いものがあります。でも、もっと、早くに決断するべきだったのかもしれませんが、これこそ天の計らいだと思って、次の職場でも「結果」を残したいと思います。

 で、何を書こうかなと考えていたら、これが浮かんできたので書きます。人は、昨日考えたことを今日も考えています。昨日と同じことを今日も考えます。答えのでないことをいつまでも。ふと気づいたときには、思考の「渦」にのまれています。連続的に訪れる思考によって、人はストレスを受けます。思考の連続性です。そんな思考からストレスを受けないためにも、思考を断ち切る習慣を持つことも大切です。その習慣とは、もし、昨日と同じ答えのでない考えが浮かんできたら、ぱっと考えを変えましょう。簡単なことですけど、これは、とても効果的だと思います。答えの出ない考えっていうのは、悩みです。悩みってのは、いつまで経っても答えがでません。なぜ、悩むのかというと、ただ、ひたすら悩んでいたいから。考えるというのは答えに導きますけど、悩みというのは堂々巡りになってしまって、いつまでたっても答えを出すことができません。そもそも答えを求めていません。なぜなら、その状態に浸っていたいから。潜在意識が、その状態を「安全」だと思っているから。その状態を変えるためにも、先ほども言ったように、悩みが浮かんできたら、ぱっと考えを変えることが、とても効果的です。道具を何も必要としないので、やってみてください。

 話を変えます。昨日見つけた「ツール」を使って、今日も勉強をしました。ほんと、いい「ツール」を見つけられたことに感謝。まだ使い始めたばかりですけど、この調子で頑張ります。

 今日、気になったことは何かというと、やっぱ、「男は金」ってことです。言葉は悪いかもしれませんけど、やっぱ「男は金」だと思います。僕もやっと気づきました。「金」っていうのを別の言葉に置き換えると「エネルギー」ってことでもあります。デカい男になればなるほど、デカい金=デカいエネルギーを持っているんだってこと。昨日の彼は、もちろんデカい金を「短期間」に集めたのかもしれません。だけど、そのエネルギーに見合うものを持っていませんでした。それにお金って、「短期間」に集めれば集めるほど、それだけ破綻するのも同じくらい急速に、散ってしまいます。これは、歴史が証明しています。まあ、彼の経験は誰にも奪えないので、これからに期待しますけどね。では今日はこんなところで、ありがとうございました。








 今月から、ある勉強を開始しました。あるサイトで、その勉強が、はかどるであろうツールを見つけました。で、これはいい流れが来ているなと感じています。この流れを留めないように、「毎日」勉強していきます。
 
 どうですよ、この流れ。「超意識」の助言どおりに、やってきたら、こんなこともあるんです。お、これは「超意識」からの助言だなと思うなら、その通りにやってみるのもいいもんですよ。

 で、こんなにいいツールが見つけることができたなんて、ほんと、ラッキーです。たしかに、ツールツールであって、それを使いこなせるかどうかは、自分次第なんですけどね。「結果」を残せるように頑張りたいと思います。

 半年後、自分がどうなっているか自分でも想像できないんですけど、できる限り「成長」できるように、ストレスをハンパなく自分自身にかけていきます。6月からは、環境も変わりますし、8月か9月には近場に引っ越しをするかもしれないので、半年後(10月)なんてどうなっているかなんて、ほんとに想像できませんね。

 このブログも、今年の9月で1年が経とうとしているんで、もっともっと自分を高めていきます。スピ系とかでは、そのままでいいとか、現状維持を保たせようとする傾向があるんですけど、僕から言わせればそんなのクソですからね。

 人間は成長してこそ、生きているってもんです。自分自身を高めていって、そして社会に貢献してこそ、人間たる所以です。恩を受けたのなら、返すのが道義です。

 なぜ、勉強をしているのかというと、社会に貢献するためです。もし、学生で社会に貢献するために、学んでいるわけではないという人がいたら、勉強はやめた方がいいです。そんな勉強をしたところで、時間の無駄ですから。そんな勉強をするくらいなら、早く社会に出て、経験を積んだ方が何百倍もいいです。いま「秒速で稼ぐの人」が話題ですが、30代前半であれだけの経験を積めることなんて、実際、幸せなことなんじゃないかと思いますよ。彼を批判している人の大半が、彼より経験がないのはたしかですからね。あ、彼を擁護しているように書いてしまいましたけど、あの胡散臭さマックスの風貌と、騙して金を搾取している様子とか見ていると、吐き気がしていたんで、破産してよかったなと思っています。まあ、彼がここで行動を止めるとは思わないんで、これからに期待したいところです。

 あ、話は変わりますけど、ついに観ましたよ。あの「ゼロ・グラビティ」っていう映画を。ずっと観たかったのですが、やっと観ることができました。感想はというと...。

まあ、DVD観てください。手抜きですが、今日はこの辺で。また明日書きます。ありがとうございました。

 






 月曜日です。今日のタスクは100%の達成率でした。もう数日、ん?2日もないじゃないですか。2日で、5月に突入ですよ。月日がたつのは早いもんです。日々タスクをクリアして、夢を叶えたいと思います。

 夢は持たない方がいいって言う人もいます。夢を持っていると、状況が変化したときに、すぐに対応できないからだと言うのです。夢や目標を持たない。その場、その場で生きたいように生きる。そんな生き方をしていきたいと思っているようです。そんな思いに対して、僕の考えは、そんな風には生きたくないってことです。僕は、夢や目標を、設定して、生きていきたいのです。1つの夢をクリアしたら、次の夢。1つの目標をクリアしたら、次の目標っていう感じで、ドンドン自分というものを成長させていきたいのです。成長には、ストレスとリラックスがかかります。必ず、それが必要になってきます。なぜなら、それが伴わない成長はクソだからです。ストレスから逃げていたのでは、成長はないからです。夢はリラックスすることで叶いますけど、叶えるためには、ストレスというトリガーが必要になります。

 ストレスというのは、自分を守るために潜在意識が与えています。自分が嫌いだから与えているんじゃなくて、それが理解できない。やったことのないことは、危険だというからなんですね。潜在意識は、「母親」のような存在です。超意識が「父親」ですね。意識っていうのは、「子ども」です。「子ども」っていうのは、後先考えずに、何でもやりますよね。それに対して、潜在意識ってのは、そんなことやっちゃ危ないからダメって、経験さえさせてくれないんですよ。それが危険なことかどうかも、分からないのに、です。超意識ってのは、父親のような存在なんで、何でもやってみろって感じで、少し離れたところから見守っています。助言を与えるような存在です。

 自分はもっと高いところに登りたい。って言ったときに、潜在意識は、危ないからダメって言うところを、超意識は、それをクリアするための助言を与えてくれます。ただ、潜在意識が邪魔な存在ってわけじゃないんですけど、自分を変えたいと思っているのなら、超意識の声を聞くことですね。潜在意識は、それをやったら、危険だから、やめときって言ってくれますけど、自分を成長させるには、必要ありません。ただ、その存在から逃れることができないんで、どうやって、共に成長していくかってことですが、それは、「毎日」やるってことです。何かを突然変えていこうたってダメです、潜在意識がブレーキをかけますから、そのためには、日々できることを習慣化していくんです。良い習慣を積み重ねていくんですね。今日という1日を精一杯生きるんですね。昨日やったことを今日もやる。やり続ける。そうやって、自分というものは、成長していくんです。だから、僕はこうやって、今日もブログを書くことができました。今日もありがとうございました。また明日です。






 いつの間にか、ゴールデンウィークに突入していました。今日は遠出をすると聞いていたのですが、そんなことも忘れ、9時頃まで寝ていました。まあ、家を出たのが、昼すぎだったので、そんなに早く起きなくてもよかったみたいです。

 昨日も半断食をやったので、今日の朝も「宿便」が排泄されていました。この宿便を出すって、ほんと身体にとっても、精神にとっても、良いことだと思います。身体を、自分の部屋だと仮定すれば、部屋が汚いのは、精神的にかなりよくありませんよね。それは身体だってそうなんですよね。身体の中に溜まったものは出さないといけません。その溜まったもの=宿便を排泄するのに、もっとも有効なのが、「半断食」なんです。これを月に何回かするだけでも、腸の中にある宿便は排泄されますし、身体の調子も上がってくると思いますよ。ぜひ、おススメです。それに、人って、朝昼晩の食事を、どうして食べるのかとか無思考状態、習慣によって食べますから。一度、それを見直すのもいい機会になると思います。

 食べるために生きているのか。生きるために食べているのか。を考えるいい機会にもなりますし。

 ちょっとでもいいから、日々無意識によって繰り返される絶え間ない連続性に、中断を与えてみることです。その瞬間だけでも、「クリア」にしてみましょう。人は、何もかも自分で考えていないと、気が置けないと思っていますが、たったひとつ「いま」という瞬間に、落ち着いてみることで、意識はいっそう「クリア」になり、全体をとらえることができます。集中しないほど、全体がクリアになります。矛盾していますけど、集中するより集中しない方が、意識はクリアになりますから。

 連続的に続くような出来事に、「中断」を与えてみてください。それは、集中しないことでもたらされます。この瞬間にいることができれば、自分の意識はもっとも鮮明にクリアになっていきます。

 話は変わって、今日もタスクをサクサクと片付けていきました。今月のタスクは、体重計に乗ること。ブログを書くこと。勉強時間30分。◯禁。週に4日は、半断食。をって感じです。良い習慣はできるだけ止めないように、潜在意識を活用していきます。今日も書きました。もっと、具体的に書いていきたいなと、書いていて思いました。これも試行錯誤を繰り返して、ちゃんと書けるようにします。今日もありがとう。では、また明日です。んじゃ。









 ブログをカスタマイズしてましたら、凝ってしまって、あっという間に時間が経っていました。やっぱ、半年以上、「毎日」書き続けると、愛着がわきますね。続けることって、本当に難しいですから、半年も書き続けてこられたことに、感謝したいです。

 やっぱ、何度も言うように、プロになりたかったら「毎日」ですよ。プロってのは、「毎日」そのことについて考え、実行する人のことですから。あきらめない人のことですから。

 「ほぼ毎日」で満足しちゃダメなんです。続けることによって、日々生まれる「差」というものがあります。その小さな「差」とも思えるような「微差」が、継続によって、大きな「差」へとなりますからね。

 日本一高い山は、と聞かれたら、ほぼ全員が答えられます。でも、日本で2番目に高い山は、と聞かれたら、答えられる人は、ガクんと下がってしまいます。( 「いいとも」のテレフォンコーナー100人アンケートで日本で2番目に高い山は?のアンケートがあったらしいですが、その結果はなんと、100人中1人というものだったようです )

 その標高差はというと、日本一高い「富士山」は、3,776 mです。2番目に高い「南アルプス北岳」は、3,193mです。その差、583mしかありませんけど、知名度となると、2番目に高い「南アルプス北岳」は、かなり下がってしまうんですよね。その小さな「差」とも思えるようなものが、大きな「結果」を生んでしまうんです。( いいともの結果でいうと、富士山:南アルプス北岳=ほぼ100%対1%ということですからね )

 僕も「毎日」書くことによって、小さな「差」を付けていきます。まだまだ、駄文を垂れ流して続けていますけど、僕が書くことによって、社会の貢献になるのなら、こんな幸せなことはないと思うのです。たとえ、誰にも必要とされなくても、僕は、ただ書き続けます。

 執着することこそ、成功への道程ですから。

 こういう話を聞いたことはありますか。続けても続けても、なかなか成果が上がらなかったのに、なぜか突然、飛躍とも思えるような成果を残せることができた、という話です。この話って、なんなのかというと、「成功曲線」というものに、他なりません。これは、石原明さんによる「成功曲線」の定義です。

「目標を立て、その目標に突き進む。時間と達成度を軸にしたとき、どんなどんな線を描くだろう?。努力すれば、その分達成度があがると考えれば、比例の直線のグラフを描くだろう。実際には、最初のころはなかなか成果が上がらない.そして、努力をしていくうちに急に成果が上がり始める。これが成功曲線である」

 本も出版されていますので、読んでみてはいかがでしょう。レビューの中にも「成功曲線」の分り易いものがありましたので、引用します。

目標に向けて努力する場合、一直線で達成に向かうわけではない。例えば、10ヶ月後の目標を100とすると、毎月10づつ達成できるものではない。9ヶ月目までの達成度は10、最後の1ヶ月で残りの90を達成する。グラフにすると、9ヶ月目から目標に向けて一気に立ち上がる。著者はこのようなグラフを「成功曲線」と呼びます。

 成功への道程は、楽な道ではありません。
 成功者がたまに言う、これまで来た道は楽だった、と言っているのは、信用しない方がいいです。

 成功していない者が、想像しているものとでは違うのですから。当たり前です。成功者は、艱難辛苦な道であろうと、楽しいと言うのです。

 楽な道ではない。それでも歩く。

 「毎日」地道に、下積みを積み重ねていくことです。継続することによって、ある日突然「成功曲線」で表現されるような、成果がもたらされるのです。
 
 下積みを長く、長く積んでいくのです。そうすれば、安定という土台が出来上がります。どんな無理難題がやってこようと、揺るがない「信念」が生まれます。

 人は、いつか必ず死にます。先日、知人が亡くなったという悲報を聞いたときのショックは、かなり大きなものでした。仕事中でも、想像しただけで、悲しくなりました。正直に言うと、今でも、信じられません。成人もしていないのに、どうして、、、。と思わずにいられるでしょうか。ご家族のことを思うと、悲しさで潰されてしまいそうです。

 魂は不滅だと言っても、身体は死ぬんです。悲しくないわけがありません。

 ただ「死」というものが、忌まわしいものだという思い込みは、捨てなければいけません。「死」というものを、自ら体験したのであれば、「死は忌まわしい」ものだと言うことができます。だけど、いま生きているのであれば、「死」それ自体はその人の考えに過ぎず、想像に過ぎないんですよね。

 運命は、自分でつくるものです。

 亡くなってしまったことは、変えられません。いま生きているのであれば、その人が生きたかったであろう「今」を精一杯生き続けることです。
 
 いまも悲しみに打ちひしがれていますが、それでも、僕は言います。今日も、最高の日だった、と。亡くなった方を愚弄するわけじゃありません。ただ、誰かの生きたかったであろう今日という日を生きられたことに感謝しているのです。その方の分も、明日も頑張ろうと思います。では、今日は終わりたいと思います。ありがとうございました。また明日です。んじゃ。












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