ひとひら

2015年03月

 もう3月も終わりですか。早いなあ。

 てか、なかなか長文は書けませんな。情熱はあるはずなのに...。

 情熱だけでは書けないんですかね。いや、そんなことはないはずです。ただ、書きたいことがありすぎて、何を書こうかと迷っているだけなんだと。

そのためにも、「量の訓練」が必要ですね。

 よく「書けないなぁ」ということがあります。

 

うまいこと書こうと気負ってしまっている

 そういうときに限って、何かうまいこと書こうと気負ってしまっています。気負っているというのは、他人の目を気にしすぎているという証拠なんですよね。良く見られようとしているんですよね。他人からの評価なんて諦めましょ。そんなの果てしないゲームですから。

気負いすぎてしまうとリズムが乱れる

 気負いすぎてしまうと、呼吸しかりリズムが乱れてしまいます。緊張も大切ですが、緩和も大切です。ストレスのない人生はクソみたいなもんですけど、あまりにも大きなストレスは身体を、精神を壊しかねません。気楽に書きましょ。

 何ごとも最初からうまくいくことはないのですから。

 そのためにも、継続することが何よりも大切です。もし、「毎日」訓練することができなさそうだなと思うのであれば、撤退することも考えなければいけません。撤退する勇気も大事なことです。

 まずは、他人の目を気にせず、自分の書きたいことだけを書きましょう。他人ばかり気にしていては、良い記事など書けるわけがありませんからね。

 二度言います。他人からの評価なんて諦めましょ。そんなの果てしないゲームに参加したところで、目的地にだどり着くことなんてありませんので。

 「情熱」という言葉を見るたびに、暑苦しいと思っていました。「何が情熱だ。それ美味しいの?ってか、情熱ってなんやねん」っていう具合に。体育会系だけが持つ特有のアレのことなのかなと、今までは思っていたんです。だけど、最近、情熱について説明というか、教授していただく機会があり、食べず嫌いをなくすではないですけど、それについて考えてみたら、案外、それが持っているスゴさに気付かされました。

 情熱だけで人生は変えられるっていう人もいますし、情熱さえあればいいのかもしれません。

 今日、YouTubeで懐かしい音楽を聞いていたら、とても感動しました。情熱を感じました。情熱だけが人を感動させるんだって思いましたもん。

 さて、情熱をメラメラと燃やしていきますかね。僕も人を感動させていきたいと思います。

 情熱的に生きるって、じつはスゴいことなんだなと改めて思いました。僕の悪いとこなんですけど、ある言葉を聞いたときに、そのことを信用しないというか、いきなり「情熱的に生きれば、道は開ける」とか言われたって、そんなの分かんないよって思ってしまって、流してしまうんですね。「情熱的に生きる」なんて、かなり嘘くさいじゃないですか。もろ騙すぞ感が溢れていますし。そもそも情熱ってなんやねんって話から始めてしまって、なかなか本題まで辿り着けないんですよ。天邪鬼ってやつですかね。

 情熱って何なんでしょう。考えてみたんですけど、たぶんそれは、周りを変える力なのかなと。周変力って書けますね。そんな言葉ないですけど。

 鍛冶屋さんで熱々に熱せられた「剣」を、水に入れると、ジュワッとなりますよね。そして、その水の温度は、確実に上がりますよね。何が言いたいかというと、「剣」は自分なんですよ。もし、自分を「情熱」によって「温度」を上げることができれば、自ずと自分の周りにいる人たちに影響力を与えられるんですよね。

 ただの「剣」を「水」の中に入れても、ミクロレベルでは変化が生じるかもしれませんけど、そんなものは微々たるものです。

 だけど、もし「自分という剣」を情熱によって高めれば、「周囲の人という水」は確実に変わっていくんですよね。

 人は、自分を変えようとするモノを恐れている生き物です。だから、自分ではない他人を変えようとして、ドツボにハマっていきます。人を変えるより、自分を変えるほうが、簡単なことを知っているのに、です。

 で、人を変えようとするより、まずは、自分を変える。自分を情熱に付随させる。いや、情熱こそ自分だと思えるようになるまで、とことんやってみる。

 自分が変わると、人は変わりますから。自分という情熱を高めることで、周りに少なからず影響を与えられるようになります。そうなるとコッチのもんです。自分が叶えたいと思っていたようなことでも、どんどん叶ってしまう体質の出来上がりです。

 ちょっと反省。ここ最近抽象的に書きすぎかなと。でも、あまりにも具体的すぎてもいけないと思っています。

 あまりにも具体的すぎたら、おもしろみに欠けてしまうし、あまりにも抽象的すぎていたら、何を言っているのか分からないからです。

 まあ、どちらに偏っても大変なんですけどね。

 あまり抽象的にならないように気をつけたいと思います。

 まあ、そのときそのとき思いついたことを書いていくので、どうなるか分かりませんけれど。

 って、おーい。反省していないなー。

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